上部・下部内視鏡検査の普及により、胃や大腸がんの早期発見が可能となっている。上部内視鏡においては、挿入観察は十二指腸まで行われるが、十二指腸におけるがんの発生は極めて稀である。

しかし、胆汁や膵液などの消化液が流入する十二指腸乳頭部にはときにがんが発生することがあり、進行性の場合は予後不良である。

一方、ELF3は、上皮細胞の発生の最終段階でその発現を増加させ、正常な上皮組織の維持に重要な役割を担う転写因子である。

大規模ゲノム解析により、十二指腸乳頭部がんにおいても転写因子ELF3の不活化変異が発生しており、がん抑制遺伝子として機能していることが明らかになっている。

しかし、同じ消化管である大腸がんではELF3の発現は高く、がんの進展に関与しているため、ELF3は臓器や細胞の種類に依存して、がんを抑制する機能と促進させる機能の両方を持つと考えられている。

今回、このELF3の二面性の機能についての解析・研究報告がなされた。

ゲノム編集技術によりELF3の発現を調節した胆管上皮細胞を用いて網羅的な遺伝子発現解析とクロマチン免疫沈降シーケンス解析を行い、ELF3が直接的に転写を制御する遺伝子の探索を行った。

これにより、ELF3のターゲット遺伝子として、上皮間葉転換を担う転写因子である ZEB2および細胞接着に関連する蛋白であるcingulinを同定した。

また、電子顕微鏡レベルにおいても、ELF3の機能が低下した胆管上皮細胞では、細胞間接着を担う構造が乏しいことが明らかになった。

これにより、ELF3の発現がない細胞では、細胞の浸潤する能力が高く、がんが転移しやすい細胞に形質変化することが示唆された。

さらにELF3が免疫細胞を組織に呼び寄せる機能を有するリポオキシゲナーゼという酵素やCXCL16 (chemokine (C-X-C motif) ligand 16) というケモカインの発現の制御を行うも明らかになった。

実際に、ELF3を高発現させた細胞では、リポオキシゲナーゼやCXCL16の発現が高くなり、NK細胞などの細胞障害性免疫細胞を呼び寄せる能力も高いことがわかった。さらに、ELF3を人工的に活性化させた細胞をマウスの皮下に移植したがん組織内においては、リポオキシゲナーゼやCXCL16の発現増加に加えて、細胞接着を担う蛋白の発現も増加し、多数の明瞭な管腔様構造が認められた。

一方、ELF3を活性化させていないがん組織では、管腔様構造は認められず、間葉系細胞のマーカーであるビメンチンの発現が高く、ELF3の活性化がないがん組織は、転移・浸潤しやすいことが示唆された。

また、ELF3関連遺伝子ZEB2、cingulin、リポオキシゲナーゼ、CXCL16が、ヒト胆管がん組織においてもELF3の発現と相関することも明らかになった。

ELF3に依存したがんの進展機構が明らかとなり、今後、十二指腸乳頭部がんや大腸がんだけでなく、さまざまな癌腫に対するELF3関連遺伝子を標的とした新たな薬剤の開発が期待される。

本研究成果は、米国専門誌「Cancer Research」に公開された。