小腸粘膜は、栄養や水分の吸収という生命維持に欠かせない機能を有している。

小腸の表面は上皮細胞で覆われており、効率的な消化・吸収のために絨毛と呼ばれる長さ0.5mm程度の無数の突起が存在し、絨毛の間には陰窩と呼ばれるくぼみがある。

陰窩の底部には腸管上皮幹細胞が存在しており、この細胞が小腸上皮の再生機構を司り、体内で最も速い上皮の新陳代謝を可能としている。

腸管上皮幹細胞は、生涯自分自身を複製し続けるとともに、腸組織の全てのタイプの細胞に分化し、陰窩から絨毛へと移動していく。

この小腸に原因不明の炎症を惹起する炎症性腸疾患の一つであるクローン病において、小腸を大幅に切除すると、消化吸収機能障害が永続する短腸症候群を発症することがある。

重症例では、食事の経口摂取ができず、チューブから静脈に栄養を注入する中心静脈栄養法で管理することになるが、経静脈カテーテル感染症を起こしたり、著しく生活の質が低下したり、最悪の場合、肝機能障害などの重篤な合併症で死亡することがある。

このような症例の治療法として、残されたわずかな小腸を切り合わせ長さを延長する手術があるが、根本的な治療法は健全な小腸を他人から移植する小腸移植しか存在しない。

しかし、小腸は他の臓器より拒絶反応が強いため、移植片の生着率も生存率も低く、国内での小腸移植は、現在まででわずか28人の患者に32例(生体移植13例、脳死移植19例)が実施されたにすぎない。

また、仮に移植が成功したとしても、拒絶反応予防に対する免疫抑制剤内服に伴う感染症、悪性腫瘍の発生などの問題がある。

再生医療にも期待が寄せられているが、小腸は、陰窩と突起である絨毛の構造に加え、血管、脂質の吸収に関わるリンパ管、神経、筋層などを持つ非常に複雑な構造であるため、すべてを体外で構築することが困難であり、小腸疾患に対する再生医療の構想はこれまで現実的ではなかった。

今回、大腸に小腸特有の消化吸収機能を持たせる移植治療の開発についての報告がなされた。

まず、マウスの大腸上皮を剥がし、ヒト小腸上皮の移植を試みた結果、移植された小腸上皮は、大腸上皮の移植時とは異なる絨毛構造を形成し、小腸にしか見られない消化・吸収に関わるタンパク質の発現を認め、吸収に重要な微絨毛の形成も電子顕微鏡像で観察された。

さらに、脂質の吸収に重要な乳び管と呼ばれる小腸に特有なリンパ管が、小腸上皮の移植によって大腸でも形成されることを確認した。

これにより、上皮を入れ替えた小腸化大腸は、栄養を消化・吸収し、乳び管様構造を通して体内に運搬できることが明らかになった。

一方で、マウスの肛門付近の直腸の部位に移植して形成されたヒト小腸上皮の絨毛構造は、本来のものと比較すると未熟で、不十分な状態であった。

ヒトの腸管内容物は小腸を液状で通過し、大腸を進むにつれ水分や塩類を吸収され、糞便として固まっていく。

このため、大腸の最後の部分にあたる直腸の近傍では腸液の「流れ」が不十分であるために絨毛構造の形成が促進されない可能性が考えられた。

そのため、大腸と小腸のオルガノイドをシート状に培養し、細胞が平面的に広がった状態で培養液を人工的に攪拌して「流れ」を作り、この環境下でさらに培養をおこなった。

その結果、小腸オルガノイドは管腔側に突出する絨毛様の構造を形成し、一方、大腸オルガノイドではそのような変化はみられず平面のままであり、「流れ」に依存する小腸上皮に特有の絨毛形成メカニズムが存在することが明らかになった。

次に、小腸上皮オルガノイドを用いることで短腸症候群が治療可能であることを実証する実験を、ラットで行った。

ルシフェラーゼという発光物質を発現するラットの小腸の細胞から樹立した小腸オルガノイドを移植した小腸化大腸を作製し、通常のラットへの移植実験を行った。

まず、栄養血管の血流を保ったまま大腸の一部を切り離し、手術中に、切り離した大腸の上皮を剥ぎ、その部位に小腸オルガノイドを移植した。

さらに、この移植片を腹壁に縫い付け、上皮が生着し育ち始めるまでの間、血流を維持しつつラットの体内で保存した。

この手法により、便の通過がない状態を保てるため、移植した小腸上皮細胞が流されることなく大腸組織に生着するのを待つことが可能となり、広い範囲に小腸オルガノイドを移植することが可能となった。

しかし、腹壁に縫い付けられた状態では移植後の小腸上皮表面には「流れ」がないため、十分な絨毛が形成されなかった。

そのため、全小腸を切除して短腸症候群を再現したラットにおいて、小腸に隣接し腸管内に「流れ」が存在する部位である回腸末端部に移植を行い、移植後に「流れ」のある環境で分化・成熟したオルガノイド由来の腸上皮細胞が形成する構造と移植片の機能、短腸症候群に対する移植の効果について、小腸上皮オルガノイド用いた場合と大腸オルガノイドを用いた場合とで比較検討した。

その結果、小腸オルガノイド移植群では生存期間が延長し、生存しているラットでは移植細胞の広範な生着、絨毛の形成が確認できた。

一方、大腸オルガノイド移植群では生存期間の延長は認められなかった。

小腸オルガノイド移植群の移植片はマウスでの実験と同様に、乳び管、血管の形成や、神経伝達を伴う腸管蠕動運動を認め、脂質、糖、ペプチドなどの吸収能をもつ機能的な小腸化移植片であることが確認できた。

以上より、小腸上皮は移植された組織の構造を変化させ、再デザインする能力を有することが明らかになった。

小腸オルガノイドを大腸の上皮と置換した小腸化大腸を移植する戦略は、マウスやラットと比較し個体のサイズが大きなヒトにおいても応用可能と考えられ、今後、自身のオルガノイドを用いた免疫抑制剤を必要としない新規治療法開発が期待される。

本研究成果は、英科学誌『Nature』電子版に掲載された。